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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)6425号 判決

原告

吉本毅

ほか二名

被告

坂本清

ほか一名

主文

一  被告らは、原告吉本毅に対し各自金一万二七八〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告坂本真澄に対し各自金一万六八六〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告上山忍に対し各自金一万二七八〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五〇分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、一ないし三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  被告らは各自、原告吉本毅に対し、金六二万〇二八〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告坂本真澄に対し、金一八四万八二四〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告らは各自、原告上山忍に対し、金五八万八四八〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、三台の普通乗用自動車間の追突事故につき、これにより負傷して次のとおりの金額の損害を被つたとする被追突車両(最前車両)の運転者及び同乗者が、追突した後続する二台の車両の運転者兼運行供用者に対して、民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

1  原告吉本毅

(一) 治療費 金五万〇二八〇円

(二) 休業損害(一か月) 金二八万円

(三) 慰藉料(一か月通院) 金一九万円

(四) 弁護士費用 金一〇万円

以上合計金六二万〇二八〇円

2  原告坂本真澄

(一) 治療費 金五万九二四〇円

(二) 休業損害(四か月) 金一〇六万四〇〇〇円

(三) 慰藉料(四か月通院) 金六二万五〇〇〇円

(四) 弁護士費用 金一〇万円

以上合計金一八四万八二四〇円

3  原告上山忍

(一) 治療費 金三万四四八〇円

(二) 休業損害(一か月) 金二六万四〇〇〇円

(三) 慰藉料(一か月通院) 金一九万円

(四) 弁護士費用 金一〇万円

以上合計金五八万八四八〇円

二  争いのない事実等

1  次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生したことは当事者間に争いがない。

(一) 日時 昭和六三年一月一五日午前一〇時一五分頃

(二) 場所 大阪府高槻市川西町一丁目一番一〇号先道路(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車(1) 被告坂本清(以下「被告坂本」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五八ち四八九二、以下「坂本車」という。)

(三) 加害車(2) 被告谷哲治(以下「被告谷」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五九ま三二五八、以下「谷車」という。)

(四) 被害車両 原告吉本毅(以下「原告吉本」という。)が運転し、原告坂本真澄(以下「原告坂本」という。)及び原告上山忍(以下「原告上山」という。)が同乗する普通乗用自動車(大阪五二り四八〇四、以下「原告車」という。)

(五) 態様 加害車が被害車両に追突したもの。ただし、その具体的態様については、後記のとおり争いがある。

2  証拠(甲一、乙八、九、被告谷哲治、被告坂本清)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、被告坂本が坂本車を、被告谷が谷車を、それぞれその運行の用に供していたことが認められる。

二  争点

1  本件事故の態様。

原告らは、本件事故は、まず谷車が原告車に追突し、その直後に、坂本車が谷車に追突し、その反動で谷車が再度原告車に追突したものである旨主張する。

これに対して、被告らは、急停止した原告車に谷車が軽く接触したことはあるものの、坂本車が谷車に追突したことにより、谷車が再度原告車に追突したことはない、したがつて、被告坂本の運行は、原告らの主張する損害と相当因果関係がない旨主張する。

2  本件事故と原告らの受傷との間の相当因果関係の有無。

原告らは、本件事故により、原告吉本は通院治療一か月を要する頸椎捻挫、背部痛及び腰部捻挫の傷害を、原告坂本は通院治療四か月を要する頸椎捻挫及び胸腰部捻挫の傷害を、原告上山は通院治療一か月を要する頸椎捻挫及び腰部捻挫の傷害をそれぞれ負つた旨主張する。

これに対して、被告らは、本件事故によつて原告らが受けた衝撃は至極軽微で、人体に影響のない程度のものであつたから、原告らが本件事故により受傷したことは考え難く、原告らの訴える症状と本件事故との間には相当因果関係がない旨主張する。

3  損害額。

第三争点に対する判断

一  争点1及び2に対する判断の前提として、本件事故の状況、原告らの本件事故後の症状及び治療の状況等の事実についてみる。

1  本件事故の状況について。

前記争いのない事実に、証拠(甲一、乙一、三、七ないし一一、鑑定の結果、原告吉本毅、同坂本真澄、同上山忍、被告谷哲治(第一回)、被告坂本清)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件道路は、東西にほぼ直線状に伸びる片側二車線の平坦なアスフアルト舗装道路であり、本件事故当時、路面は湿潤の状態であつた。

(二) 原告吉本(昭和一八年七月一八日生まれ、本件事故当時四四歳)は、助手席に原告坂本(昭和一一年一二月六日生まれ、本件事故当時五一歳)を、後部座席運転席側に原告上山(昭和二一年九月四日生まれ、本件事故当時四一歳)を同乗させて原告車(トヨタE―GS120、車両重量一三四〇キログラム)を運転し、本件道路東行左側車線を東進していたが、本件事故現場の東側の対面信号機が赤色を表示していたことから、先行車に続いて停止した。原告坂本は、右停止中、足ブレーキを踏んでいたが、サイドブレーキはかけていなかつた。

なお、本件事故当時、原告車の運転席、助手席及び後部座席にはヘツドレストが設けられており、しかもそれぞれ運転席及び助手席に乗車していた原告吉本及び原告坂本はいずれもシートベルトを着用していた。

また、原告車の後部ナンバーは、エネルギー吸収体が組み込まれた構造になつており、時速八キロメートルの衝突に耐えることができるように設計されていた。

(三) 被告谷は谷車(トヨタE―AE70、車両重量八七〇キログラム)を運転し、時速約六〇キロメートル程度で、原告車の約二五・六メートル後方を追従して東進していたが、本件事故地点の約一九・八メートル西側に達したときにはじめて原告車が本件事故地点に停止しているのを発見し、危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず、本件事故地点において、谷車前部を原告車の後部に追突させた(以下、この追突を「第一追突」という。)。

(四) 被告坂本は、坂本車(ダツトサンE―HB310、車両重量八六〇キログラム)を運転し、時速約五〇ないし六〇キロメートル程度で、谷車の約二十数メートル後方を追従して東進していたが、本件事故地点の約二二・六メートル西側に達したとき、約一三・六メートル前方で谷車が急に減速しているのをはじめて発見し、危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず、本件事故地点において、坂本車左前部を谷車右後部に追突させた(以下、この追突を「第二追突」という。)。なお、右追突時、谷車は原告車に追突して停止している状態であり、第一追突後、第二追突までの間は数秒程度であつた。

被告谷は、第一追突後、ブレーキを踏んでいたが、谷車は、第二追突により前方に押し出され、第一追突後谷車のすぐ前に谷車とほぼ接して停止していた原告車の後部に再度追突した(以下、この追突を「第三追突」という。)。

(五) 原告車は、第一追突及び第三追突により、当初の停止位置から約一・一メートル前方に押し出された。

これらの追突により、原告車、谷車及び坂本車は、次のとおり損傷を受けた。

(1) 原告車 後部ナンバー曲損(後部ナンバーカバーに傷、歪を生じ、リヤマフラーが下に押されていた。ただし、その程度は、原告車後部を正面から撮影した写真上では判別できない程度の軽微なものであり、それ以外の車体への損傷の波及は認められなかつた。そして、その修理見積額は、多くとも金一三万〇九三〇円であつた。)

(2) 谷車 前部バンパー曲損、左後部バンパー、トランクフード中央付近及びバツクパネル凹損、左後部テールランプ破損(後部の各損傷はいずれも一見して分かるものであつたが、前部バンパー曲損は谷車前部を正面から撮影した写真上では判別できない程度の軽微なものであつた。)

(3) 坂本車 前部バンパー中央付近が後方へ押されて凹損し、前部バンパー右端が後方へ押され、これによつて右前フエンダーも後方へ押されて歪み、ボンネツト前端が凹損し、やや浮き上がつた状態になつた。

なお、本件事故後、本件道路の路面上には、原告車、谷車または坂本車のものと認められるようなスリツプ痕はなかつた。

(六) 鑑定人は、自動車工学的見地から、次のとおりの意見を述べる。

(1) 第一追突時の谷車の速度は、極めて低速であり、右追突は、軽微接触程度のものであつたと推定される。

(2) 第二追突時の坂本車の速度は、時速約二五・一キロメートルであつたと推定される。

(3) 第二追突によつて前方に押し出された谷車が原告車に再度追突した(第三追突)際の速度は、時速約五・八キロメートルであつたと推定される。

(4) 原告車は、第三追突により時速約二・二キロメートルの速度を与えられ、約一・一メートル前進後停止したと推定される。

(5) 原告車への追突による衝撃及び損傷は、第一追突は極めて軽微なものであり、そのほとんどが第三追突によるものと推定される。

(6) 第三追突により原告らの受ける衝撃は、頭部〇・一G、胸部及び腰部〇・〇七Gと推定され、この値は無傷範囲に属する。

(7) また、第三追突が原告らの後頭顆に与える衝撃は、〇・一二ないし〇・二八Gと推定され、これにより後頭顆で生じるトルクは四・六〇Ft.Lbであり、後屈時の無傷レベル(三五Ft.Lb)の約一三パーセント程度である。

以上の認定に対し、原告坂本は、「一回目の衝突の時、頸ががあんとヘツドレストにぶちあたつた。」などと供述して、本件事故による衝撃が大きかつたことを強調するが、前記の原告車後部及び谷車前部の損傷状況、原告車のバンパーの構造に加え、鑑定の結果を併せて考えると、右供述をそのままに信用することはできず(なお、原告吉本は、「追突された時に頸がおかしくなつた感じはなかつたが、その後、後方を振り向いた時に頸や腰をひねつて痛くなつた。」と供述し、また原告上山は本件事故の際のことをほとんど覚えておらず、「本件事故についての印象はほとんどない。」旨供述する。)、本件事故によつて原告らが受けた衝撃は、極めて軽微であつたと認めるべきである。

2  原告らの本件事故後の症状及び治療の状況等について。

前記事実に、証拠(甲二の一ないし三、甲三の一ないし四、甲四の一ないし四、乙一、乙二の一ないし五二、乙四の一ないし六、乙五の一ないし五、乙六の一ないし四、鑑定の結果、原告吉本毅、同坂本真澄、同上山忍、被告谷哲治(第一回)、被告坂本清)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告吉本の本件事故後の症状及び治療の状況等について。

(1) 原告吉本は、本件事故後、当日(昭和六三年一月一五日)に東和会病院を受診した。その初診時、医師に対して、頸部痛があつたことと右手のしびれ感を訴え、頸椎捻挫の診断名のもとで、湿布、投薬投の処置を受けたが、レントゲン検査で異常は認められず、また初診時現在、愁訴はなく、頸部及び腰部の運動時痛及び圧痛は、いずれも認められなかつた。

(2) 原告吉本は、本件事故後も特に仕事(工務店の現場監督)を休むことがなかつた。また、通院治療も本件事故当日受けた後は同年二月五日までの約三週間受けることがなかつた(原告吉本は、この間鍼治療等を受けていた旨供述するが、これを裏付ける診断書や領収書も提出されておらず、右供述をそのまま採用することはできない。)。

(3) 原告吉本は、同年二月五日、時々背部痛があること、頭部に鈍痛があること、右手にしびれ感があることを訴えて東和会病院を受診した。その際、原告吉本は、医師に対して、右手のしびれ感は本件事故以前からあつた旨申告している。

(4) 原告吉本はその後も、同月一二日、一六日、二三日に東和会病院を受診したが、その間も明瞭な他覚的所見は認められなかつた。

(二) 原告坂本の本件事故後の症状及び治療の状況等について。

(1) 原告坂本は、本件事故後、当日(昭和六三年一月一五日)に東和会病院を受診した。その初診時、医師に対して、腰部痛を訴え、胸腰椎捻挫等の診断名のもとで、湿布、投薬等の処置を受けたが、レントゲン検査では、第五、第六頸椎変形症がある以外には異状が認められず、また腰部の圧痛を訴えたものの、頸部及び腰部の運動時痛及び頸部の圧痛は、いずれも認められなかつた。

(2) 原告坂本は、本件事故後も特に仕事(工務店に勤務)を休むことがなかつた。また、通院治療も本件事故当日受けた後は同年二月五日までの約三週間受けることがなかつた。

(3) 原告坂本は、同年二月五日、軽度の頸部痛があることを訴えて東和会病院を受診した。そして、その後も、同月九日、一二日、一六日、二三日、同年三月三〇日に東和会病院を受診したが、その間も本件事故による明瞭な他覚的所見は認められないまま項部のだるさなどを訴え続けていた。

(4) なお、原告坂本は、昭和五二年ころにも交通事故に遇い、頸椎捻挫の受傷をしていた。

(三) 原告上山の本件事故後の症状及び治療の状況等について。

(1) 原告上山は、本件事故後、当日(昭和六三年一月一五日)に東和会病院を受診した。その初診時、医師に対して、頸部痛を訴え、頸椎捻挫等の診断名のもとで、湿布、投薬等の処置を受けたが、レントゲン検査では、特に異状は認められなかつた。

(2) 原告上山は、翌日、自宅近くで、それまで私病の心臓病や皮膚病の治療を受けていた南大阪病院に転医した。右病院における初診時、レントゲン検査の結果、交通事故による所見は認めず、変形性頸椎症の所見のみ認める旨の診断がなされた。

(3) 原告上山は、本件事故後も特に仕事(とび職)を休むことがなかつた。また、通院治療も本件事故の翌日受けた後は同年二月九日までの三週間以上の間受けることがなかつた。

(4) 原告上山は、同年二月九日、頸部痛があることを訴えて南大阪病院を受診した。そして、その後、同月一七日、同年四月一九日、同年五月一一日、同年六月二五日に同病院を受診したが、その間も本件事故による明瞭な他覚的所見は認められないまま頸部痛などを訴え続けていた。なお、右受診日のうち、頸部痛の治療のみのために通院したのは、同年二月九日の一日だけであつて、他の日は、いずれも皮膚病または心臓病の治療を同日に行つていた。

二  以上の事実に基づいて、争点1及び2について判断する。

1  争点1(本件事故の態様)について。

本件事故の態様は、前記一、1において認定したとおりであり、右認定事実によれば、谷車が原告車に追突した後、坂本車が谷車に追突し、これによつて押し出された谷車が再度原告車に追突したことは明らかであるから、坂本車の運行は、谷車が再度原告車に追突したこと(第三追突)の原因となつたものといわざるを得ない。そうすると、谷車が再度原告車に追突したことはないということを根拠に、被告坂本の運行は、原告らの主張する損害と相当因果関係がないとする被告らの主張は理由がないというほかはなく、被告坂本は、坂本車の運行供用者として、谷車を原告車に追突させた被告谷とともに、各自、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

2  争点2(本件事故と原告らの受傷との間の相当因果関係の有無)について。

(一) 原告吉本の受傷の有無について。

原告吉本は、本件事故後、当日(昭和六三年一月一五日)から同年二月二三日までの間、頸椎捻挫等の診断名で東和会病院に通院して治療を受けていたものであるが、初診時の時点では、右手のしびれ感以外に特に愁訴がなく、その右手のしびれ感についても、原告吉本は医師に対して、本件事故前からあつた旨申告しており、またレントゲン検査でも異常が認められず、これらのことからすると、初診時において本件事故による症状は何ら認められなかつたというべきであり、しかも、原告吉本は、初診時以降約三週間の間、何ら治療を受けず、仕事を休むこともなかつたものであり、この間、頸部、腰部等に何らかの症状があつたことを認めるに足りる証拠はない。さらに、本件事故によつて、原告吉本が受けた衝撃は、前記のとおり、極めて軽微なものと考えられ、これらのことを総合して考慮すると、原告吉本が前記のような診断を受け、右手のしびれ感のほか、後になつて背部痛や頭部鈍痛を訴えたからといつて、原告吉本の訴える症状と本件事故との間に相当因果関係があるとは認め難い。

(二) 原告坂本の受傷の有無について。

前記のとおり、本件事故の態様等からすると、本件事故によつて、原告坂本が受けた衝撃は、極めて軽微なものと認められ、このことに、鑑定の結果を併せて考慮すると、原告坂本が受傷した可能性は低いといわざるを得ないところ、原告坂本の症状及び治療の経過をみても、本件事故当日の初診時に腰部痛を訴え、胸腰椎捻挫等の診断を受けたものの、他覚的所見は全くなく(レントゲン検査で第五、第六頸椎変形症が認められたが、これが本件事故による傷病であることを認めるに足りる証拠はない。)、しかも、原告坂本は、初診時以降約三週間の間、何ら治療を受けず、仕事を休むこともなかつたものであり、この間、頸部、腰部等に何らかの症状があつたことを認めるに足りる証拠はない。そして、以上の諸点を総合考慮すれば、原告坂本が腰部痛や後になつて頸部痛等を訴えたからといつて、原告坂本の訴える症状と本件事故との間に相当因果関係があるとは認め難い。

(三) 原告上山の受傷の有無について。

前記のとおり、本件事故の態様等からすると、本件事故によつて、原告上山が受けた衝撃は、極めて軽微なものと認められ、このことに、鑑定の結果を併せて考慮すると、原告上山が受傷した可能性は低いといわざるを得ないところ、原告上山の症状及び治療の経過をみても、本件事故当日の初診時に頸部痛を訴え、頸椎捻挫等の診断を受けたものの、明瞭な他覚的所見はなく(レントゲン検査で第五、第六頸椎変形症が認められたが、これが本件事故による傷病でなく、レントゲン上、本件事故による所見は認められなかつた。)、しかも、原告上山は、初診時以降三週間以上の間、何ら治療を受けず、仕事を休むこともなかつたものであり、この間、頸部、腰部等に何らかの症状があつたことを認めるに足りる証拠はない。そして、以上の諸点を総合考慮すれば、原告上山が頸部痛等を訴えたからといつて、原告上山の訴える症状と本件事故との間に相当因果関係があるとは認め難い。

三  争点3(損害額)について。

1  以上のとおり、原告らは、いずれも本件事故によつて受傷したとは認め難いのであるから、原告らの受傷を前提とする損害は、本件事故と相当因果関係がないといわなければならない。

2  しかしながら、本件事故により原告車が受けた衝撃は極めて軽微なものであつたものの、原告車は、本件事故(第一追突及び第三追突)により、停止位置から約一・一メートル前方に押し出されたこと、第一追突及び第三追突は、前記のとおり、結果的に軽微な衝撃しか与えられなかつたものであるが、第二追突(坂本車の谷車への追突)の衝撃は相当大きく、坂本車前部及び谷車後部の損傷は比較的激しいものであつたことなどからすると、本件事故(第一追突及び第三追突)による衝撃は、原告車の乗員に傷害を与える可能性が全くない程度に軽微なものであつたとまで認めることはできず、このような交通事故に遭遇した原告らが、事故により頸椎捻挫等の受傷をしたのではないかとの懸念や不安感を抱くことは、容易に推測できることであり、しかも本件の場合、原告らは不当に賠償金を得る目的で通院していたことを窺わせるに足りる証拠もなく、これらのことに、一般に頸椎捻挫等が必ずしも事故直後に発症するとは限らないとされていることをも考慮すれば、原告らが、事故の当日に、右のような懸念や不安感により、検査ないし診察を受ける目的で医療機関を受診することは、事故により現実に受傷しなかつた場合であつても、右のような態様の事故と相当因果関係があるというべきである。

3  そして、この観点からすると、本件の場合、事故と相当因果関係のある診察料(検査料)は、原告らにつき、それぞれ、東和会病院における初診料とレントゲン料であるというべきところ、原告吉本の初診料は三六〇点、レントゲン料は九一八点(甲二の二、三)、原告坂本の初診料は三六〇点、レントゲン料は一三二六点(甲三の二、三)、原告上山の初診料は三六〇点、レントゲン料は九一八点(甲四の二、三)であることがそれぞれ認められ、一点単価は金一〇円と認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある診察料(検査料)は、原告吉本及び原告上山につき、各金一万二七八〇円、原告坂本につき金一万六八六〇円となる。

4  以上のほかの原告ら主張の損害については、本件事故と相当因果関係があることを認めるに足りない。

四  以上のとおりであつて、原告吉本の本訴請求は、被告らに対して各自金一万二七八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告坂本の本訴請求は、被告らに対して各自金一万六八六〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告上山の本訴請求は、被告らに対して各自金一万二七八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余の原告三名の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 本多俊雄)

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